徒然帳

徒然なるままに、雑感とかをひたすら書くサイト。

腫れた後の三日間戦争。

先週の今頃でしたかね…

しんどかったわ〜。

まず何が腫れたのか?

それは、、

 

扁桃腺っ!

 

月曜日の朝に扁桃腺が腫れてて、ツバを飲み込むのもしんどいレベル。

そして、怠い。

しかし、耳鼻科へ行くのも保険証が…派遣会社のは返還済みである。

その前の週に、やっと離職証明の書面が来たので、しんどい体を起こして、その日の午後、区役所へ手続き。

所定の手続きを終えてから、新しい保険証をげと。

 

最寄駅の耳鼻科へ駆け込む。

 

受付の前に手書きで、「現在診察までに40ふんかかります」という案内が。

時刻は15:00過ぎのことだった。

 

怠さもマックス。

熱が上がって来てる。

50分ぐらいして私の名前が呼ばれ、診察。

熱計ったら、38度近くに上がっていたので、今期三度目のインフルエンザの検査_| ̄|○

 

結果は急性扁桃炎で薬を5日分処方。

ホッとした。

翌日の火曜はどうしても外せられない用事で外出をせねばということもあり、薬飲んでひたすら寝る。

なんとか行ける状況にまで回復はしたので、外出。話を聞きに行ったが、声はカスカス。薬飲んでるから、ぼーっとするわと何とも…。

 

三日目の水曜日。自宅警備モードで動画の編集などをした後はひたすら寝てました。

 

これが功を奏し、次の日からはほぼ正常モードに回復したので、コワーキングスペースへ。

そんな日に限って、なんだかんだと電話とか来るんですよ…えぇ。

 

そう派遣の顔合わせ日程調整連絡。

事前に次週でと言われてたので、メールで返信したら、電話かかって来て、折り返した。

 

声はカスカスでしたが。私(^_^;)

 

そしたらいきなり明日はどうかと?言われまして流石に…

 

「す、すみません…実は月曜から昨日までの三日間、扁桃腺が腫れて寝込んでまして、今日なんとか回復したので、無理はしたくないのもあるので、明日は勘弁いただけると…」と丁重にお断り。

 

声もカスカスだったのが、決定打となり、顔合わせは今週の月曜となった訳です。。

 

まー、何とも久しぶりにやらかした扁桃炎。

しんどかったです。。

しかしながら、この週末にですが私はもう一つネタが発生してしまいまして、現在はそれを治すのに必死こいてたりしてます。

その話はまた。

 

ではではー。

草生える

真面目な文を書くか?!とおもったら大間違いです。草。

 

まず、近況。

新しく常駐で入った、お仕事は先月初めに辞めました。

原因は、その仕事のやり方に慣れずついには拒否反応として発作が出てしまったことです。

ここ数年、というか手術してから五年目になるのですが、何か仕事をする際、その合う合わないと言うのが体調不良として如実に分かってしまうんですね。

自身でも調べたんです。

それで、辞める前に一度、ストレス系に強い心療内科へ行って調べたんですね。

そしたら、的中。

 

適応障害

 

処方については、そこの先生が漢方にも理解ある方でしたので、漢方処方と錠剤のみで様子みたところ、段々と落ち着いてきました。(しかもそこの先生、私が抱えてる遺伝病についてバリバリ知ってました(^_^;)それも助かりました!)

あとはカウンセリングと薬を継続的に飲んで行こうかと。

悩みは尽きませんが、ここで踏ん切りつけられまして、現在はコワーキングスペースに平日こもって、完成した自分のポートフォリオサイトの点検と仕事探しです。

 

最近もなんともやっちまった話あるんですが、それは後日の日記にて。

 

でね、最近ですがこのタイトルの言葉を目にすることが多くなったんです。

特に、ネット関係のコメントで。

 

「?なに?草、とか、草生えたとか???なにそれ???牛なわけかい??」

 

と。

そして調べたところ…

これが図式。

 

wwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

分かりますかね??

 

そう、この w(笑)を草に例えたと言うのが答え。

 

つまり、

 

「◯◯だな草」→◯◯だなw

とか

「あきれて草生えた」→あきれて笑いまくった

 

などに解釈されるのですね…

ちょいと為になりましたw

ネットスラングって、改めて思うと奥深い…

超ご無沙汰してました-近況

特大にご無沙汰でした!!!! 5月ぎっくり腰投稿以来ですね・・・

あのぎっくり腰あとから半年、生きてます。 ちゃんと腰や体に気を遣いながらも生きてます。 3ヶ月前より、ジムにも通い始めました。 実は、昨年の3月に太極拳を辞めました。(→教室の方針や当時のシゴトが多忙すぎて辞めざるえなかったのです。) そして、運動してなかったのと過剰なストレスなどで、 9月の終わり頃に、肩がいたくなり、頭痛や腰のだるさが一気に来て、 「これは体を動かさないとヤバイ!!」という結論に達し、 ジム通い最低でも週1で行っています。 3ヶ月で体脂肪が3%減っております・・・ 体も翌日調子がよくなるのでこのまま続けて、運が良ければ、また太極拳と平行できればなと考えております。

シゴトについて。 前回の更新後ですが、もーーーあったあった。。

6月に大手系に派遣元を変え、運良く大手web制作会社に潜り込みました。 そこで、結構お硬い法人のwebサイトのリニューアル作業をしていました。 ここで、プロジェクトのメンバーの尻拭いをしたために、 いろんなものが溢れでてしまい、1週間ダウンしたりしましたが、 その後、たくさんの方たちの支えもあって、立ち直り、そこから炎上したりとかも、あったな。 で、そのお仕事も12月の仕事終わり日に終了。 先週から派遣先は変わらず、常駐と言うかたちで、都内某所に潜伏しております。 まだ、そのお仕事は見習いですが、やることが多くて細かい・・・

プシューーー

と頭の中ショートしておりますが、書きながら整理しつつのアウトプットが続いております。 今年もまあ、こういう人種ですから何かしら起こるだろうと思っています。 アラフォーですからね~・・・・。 とりあえず、このブログもマイペースにやってきます。あと、病気話も内容整理して再度書きたいと思ってます。

ほんとーーーにご無沙汰してしまいました!!! またよろしくお願いいいたします~!!!

一撃必殺!その名は

f:id:mamehisa0326:20170502083408p:image

本当、抱き枕買おうかな…白目。

 

この経緯に至ったのは、昨日の事。

最近頻繁に行っているコワーキングスペースへ移動してる最中に起こりました。

 

ふつーに歩いてたわけです。路上を。

鼻がムズムズしてしまい、くしゃみした訳です。

 

 

 

ハックション!!!

 

グキッ!!

 

 

…腰辺りからそんな音が。体の中で。

 

 

 

ギックリ腰発症です。

くしゃみdeギックリ腰。

近くにあった柱みたいな物にしがみつき、1-2分ほど立ち止まって、呼吸を整える。

 

2度め。くしゃみからのギックリ腰は初めてです。

 

もう、コワーキングスペースからの距離が近かったので、そこまで歩いて数時間作業。

その後に薬局でコルセット買い、早めに晩御飯食べて帰りました。

 

その日の夜はしんどかったですが、本日ピークは過ぎた模様。

本当、魔女の一撃でした_| ̄|○

 

連載:32歳、厄年だった頃 その5

その3日後、Cと言う大学病院へ行くため、御成門へと降りた私。

 

その日はちょうど雨。6月の初め頃でした。

紹介状経由でしたので、初診手続きをし、脳神経外科へ。場所は地下。

少し建物が古いけど、トイレはウォシュレット。ちゃんとしてる。

雰囲気はズーーンと暗いかと言うとそうでもない。

脳神経外科の外来受付のお姉さんも凄い感じが良い。

 

予約した時間から30分ほど遅れて、私の名前が呼ばれた。

 

 

画像を見た先生、速攻で…

 

「これは、紛れもなく手術をした方が良いです。幸い良性ですよ。」

そして、次にとんでもない?一言が!!

 

「これね、しかも呼吸を司る所に出来ててね…このまま放置してたら、人工呼吸器行きでしたね…。後、硬膜内にも血腫があるので、二箇所摘出で、かなり難易度が高いけど、大丈夫!うちは日本でもトップクラスでこの手の手術をやってますので!」

 

これを聞いて私の心の中…

 

 

…えっ?、、

わたし、、、、寸前だったの??

人工呼吸器行き?????

 

と言う心の中の声が炸裂。 

で、この診察時に分かったのが、以下のこと。

 

・男性がなる率が高い。 

・他の大学病院でこのケースが見つかっても、適切な処置が出来る病院は少ない為、結局はこのCの大学病院へ紹介状が回ってくる率が高い。

 

と、言うこと。

私、めちゃめちゃ回り道していたという件。

 

 

そして、私のケースはかなり難易度が高い為、この診察をしてくれた先生がサブに回り、

メインで執刀をしてくださる先生との診察もこの日にする事になりました。

 

 

この診察時に言われたのが…

 

「小脳にもいくつか良性の腫瘍があり、これはしかるべきにガンマナイフでやるかと思います。この症状からすると、母斑症(これは難病指定の病気名。VHLという名前もあります)の疑いがあるので、手術後に内臓も調べましょう。」

 

と…。

一気に、畳み掛けてくるような、事実の数々。

もう、ビックリとしか言いようがない。

凹みましたが。

 

この日に手術の日取りと入院日も決まり、

Cの大学病院もとい、今現在も大変お世話になっている慈恵医大病院に入院手続きを1人でしました。

(この日、実家の親は用事があり付き添いなかったのですが、入院は覚悟していたので自然と手続き等は動揺しなかったです。)

 

病院を出たのは午後14:00だったかな。

雨もひどく降っていました。

何か、涙を流してくれてたのかな…。。今思えば。

手術は8/26に決まり、それまでの2カ月はとにかく、楽しい事とかを最優先にして行こうと。

 

と言う事で、次はこの入院までの2カ月の話やら代替医療の話をさらっと1-2回書いて、入院日からのお話しを書こうと思います。

 

ではー。

 

 

 

 

連載:32歳、厄年だった頃 その4

ご無沙汰しちゃいましたが、再開しますよー!!

 

多分、この時期ぐらいでしょうね。。えぇ。

 

Bという大学病院へ紹介状を持って、脳神経外科へ。

長い事待たされて、診察をしてもらい、まずは造影剤入れたCTと、これもまた造影剤を入れたMRIを受けると言う形で何度かその病院へ行くことに。

 

まあ、ぶっちゃけ、ここから「私とMRI」という作文が書けるほどのお付き合いが開始するのです。

 

で、それらの検査も終わり、結果を聞きに。

そしたら、先生がこう言ってきた!!

 

 

「見立てだと、脳血管の方かと思ったのですが、脊髄に良性腫瘍がある模様です。なので、再度、造影剤入れたMRIを受けてもらいます」

 

まじか??!Σ(・ω・ノ)ノ!

 

そして、後日またMRIをやりましてね…

 

診察受けました。

その結果が、そう。延髄部に出来てた見事なぷっくりとできた良性の腫瘍でした。

 

脊髄腫瘍→大学病院でも年に数回偶然発見されると言うレアケース。

 

説明とかはネットで調べると、ごちゃごちゃ書いてあるので、面倒なので省きますが、

後程わかったのは、私の場合、硬膜内にも血腫がこの時見つかりまして、後にCと言う病院(→ここが現在お世話になっている大学病院です。)に転院した際にこの事実を知りました。

後、この転院の際にさらに遺伝病の関係で色んな事実を知ることになるのですが…

 

結論としては、Bの大学病院でもカテーテル検査が要との事でした。

 

 

当時、この事実を受け入れられずにいまして、数ヶ月ほど代替医療に動いてましたが、

心が段々覚悟してきたのか、代替医療(統合医療)でかなり有名な先生とも自費診療で診察を受けた際に「手術をした方がいい。で、病院としてはCの大学病院が国内でも圧倒的に脊髄腫瘍関係の手術をやっているところだから」と助言も。

 

元々、調べてた時もこのCと言う大学病院がかなりその筋では有名だと言うの知ってたのですが、これで転院する覚悟も決め、後日、Bの大学病院へ行き、転院する旨とCの大学病院への紹介状発行と診察の予約をしてもらうようにお願いをしに行きました。

 

そして、数日後、私の携帯電話にBの大学病院の先生から電話が。

何と、3日後にCの大学病院への紹介状経由予約が取れたと言う連絡で、紹介状一式(MRIの画像をデータも含む)を家に送ったとの連絡が!

 

季節は梅雨に入り、Cの大学病院へ。

紹介状を持って、西新橋方面へ。

 

ふりだし。

前回の日記後に、、、思うところがあったり、諸々のハードワークを心配した主人からストップがかかり、アルバイトを辞めました…

 

正直今思うと、ここでストップしてよかったと考えます。

 

約1カ月程ですが、何か仕事に追われ、病んでいた自分がいたり。

「何か、良いように使われているんじゃねぇか?」疑惑が持ち上がり、よーく考えると、結局はその疑惑が浮き彫りにされた項目が出たりと。

 

面接時に怪しいと思い、「入って3ヶ月はバイトで入らせてください」と言った決断は無駄ではなかったと。

 

おかげで久方ぶりに、忘れかけていた感覚を呼び起こしてもらった感じがしましたが、

私にとっては今では自身の身をも脅かす「諸刃の剣」だという事も分かりましたしね。

 

余りにも早い段階で決着がつき、気持ちもぐしゃぐしゃになりましたが、やっと立ち直りました。

 

次はどうするかは少しずつ考えておりますか、まずは義父から頼まれている仕事を終わらせる!ことかな。

後、料理は作れる時に作る!

最近作った料理達はこちら。

f:id:mamehisa0326:20170307025358j:image

常備菜

f:id:mamehisa0326:20170307025406j:image

ソイプロテイン入りパンケーキ

f:id:mamehisa0326:20170307025418j:image

→はぢめてつくつたドライカレー

 と、作るのがまた楽しくなってきました。

四年前の病気療養時から食事を見直し始め、そこから、料理の幅が広がりました。

 

今、時間があるうちに、また料理も勉強し直そうかなとも…。

 

またふりだしになりましたが、焦らず確実に進めていきますー!

ではでは。